ハンス・ジマーが築いた重低音の世界
作曲家ハンス・ジマーは、2010年の「インセプション」(監督:クリストファー・ノーラン)で、金管楽器の低い音を引き伸ばした重低音を多用し、以後のハリウッド予告編の音作りにまで影響を与えたと言われています。夢の中という不安定な世界観を、視覚だけでなく音の緊張感で支えた好例です。
続く2014年の「インターステラー」では一転してパイプオルガンを主軸に据え、壮大な宇宙と時間のテーマを荘厳な響きで描きました。同じ作曲家でありながら作品ごとにまったく異なる音の引き出しを見せる幅の広さが、ジマーが映画音楽界の第一人者であり続ける理由です。
ダークナイトが生んだ緊張の弦楽
2008年の「ダークナイト」では、ハンス・ジマーとジェームズ・ニュートン・ハワードが共同で音楽を手掛け、ジョーカーの不気味さを一本の弦をひたすら擦り続けるような不協和音で表現しました。メロディらしいメロディを持たないこの手法は、キャラクターの不穏さを音楽だけで観客の生理に直接訴えかける、当時としては斬新な試みでした。
従来の映画音楽が旋律の美しさを競い合っていたのに対し、この作品は「不快さ」すらも演出の武器にできることを証明し、以後のヴィランを描く映画音楽に大きな影響を残しています。
ラ・ラ・ランドが奏でたジャズへの愛
2016年の「ラ・ラ・ランド」(監督:デミアン・チャゼル)で作曲を手掛けたジャスティン・ハーウィッツは、主人公セブが愛するジャズの語法を全編にちりばめました。劇中で繰り返し変奏されるテーマ曲のメロディは、恋人たちの出会いと別れを音楽の変化そのもので物語る、劇伴の理想形とも言える構成です。
チャゼル監督とハーウィッツのコンビは2014年の「セッション」でも、ジャズドラムの過酷な稽古を描く緊迫した音楽を作り上げており、二人三脚で「音楽そのものが主役になる映画」という独自のジャンルを切り拓きました。
デューンが求めた異世界の呪文のような音
2021年の「デューン/砂の惑星」で音楽を手掛けたハンス・ジマーは、従来のオーケストラ編成にとどまらず、女性ボーカルの叫びのような発声や特殊な自作楽器を大胆に取り入れました。砂漠の惑星アラキスという異世界を、地球の楽器だけでは表現しきれないと考えた末の挑戦だったと言われています。
本作でジマーは自らのキャリアの中でも特に思い入れの強い仕事の一つとして本作を挙げており、実際にこの独創的な音楽が作品の神秘性を大きく底上げしたことは、多くの観客と批評家が認めるところです。
実在のミュージシャンを描く映画の音の作り方
2024年の「コンプリート・アンノウン」(監督:ジェームズ・マンゴールド)は、伝説的なミュージシャン、ボブ・ディランの若き日を描いた作品で、主演のティモシー・シャラメが実際に楽曲を演奏・歌唱している点が大きな話題になりました。実在の音楽家を描く伝記映画では、既存の名曲をどう「作り直す」かが劇伴以上に重要な課題になります。
口パクや吹き替えに頼らず本人が演奏するというアプローチは、2018年の「ボヘミアン・ラプソディ」以降、音楽伝記映画の一つの潮流になっており、俳優の身体を通して音楽の生々しさを伝える試みが続けられています。






